田宮五郎(浅野ゆう子の元彼)との出会いと別れを振り返る

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わくわく☆すたーダイアリ編集長のワンコロです。
浅野ゆう子さんが1月11日に一般人男性と結婚を報告されました。
浅野ゆう子さんには元彼がいて、病気で亡くして、3年と少しの歳月を経て、立ち直り結婚されました。
そんな浅野ゆう子さんの元彼について調べてみたいと思います。

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女優の浅野ゆう子(57)が、昨年末に一般男性と結婚したことが11日、分かった。所属事務所がマスコミ各社にファクスで報告した。

浅野は「関係者の皆様」として自筆署名入りのコメントを発表。「新年を迎え、諸事ご多用中のところ、私事で誠に恐縮ではございますが 私浅野ゆう子は昨年末に結婚いたしましたことをご報告させていただきます」と明らかにした。

相手は「同世代の一般男性」とし、「お互いこの年齢で…とも思いましたが、この年齢だからこそ、互いの健康に気遣いつつ、寄り添いながら穏やかに、これからの人生を歩んでいこうと決めました」と説明。「今後も仕事に誠心誠意取り組み、ますます精進して参ります所存でございます。皆様には変わらぬご指導、ご鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます」とし、仕事を続けていく意向を示した。

そして「また、相手の男性は一般の方ですので、関係者の皆様にはこの書面を持って何卒ご理解いただきますようお願い申し上げます」と理解を求めた。所属事務所によると、今後の会見などは予定していないという。

浅野は2012年6月に俳優の故・田宮二郎さん(享年43歳)の次男で俳優の田宮五郎(本名・柴田英晃=しばた・ひであき)さんとの交際が報じられたが、五郎さんは同年4月にくも膜下出血を患っており、14年11月に47歳の若さで亡くなっていた。

スポーツ報知より

浅野ゆう子さんといえば!?

浅野ゆう子さんといえば、浅野温子さんとW主演を演じた『抱きしめたい!』や『親愛なる者へ』、『長男の嫁』などたくさんのテレビドラマに出演されています。

浅野温子・浅野ゆう子W主演のトレンディドラマの代表作であり、この作品を発端に若い女性にドラマブームが起き数々のトレンディドラマが作られた。制作側が思っていなかったほどの高視聴率を得たため、スペシャルも4度製作された(1989年3月30日、1990年1月3日、1999年10月1日、2013年10月1日に放送)。

フジテレビ開局50周年記念の一環で、1980年代後半を代表する同局トレンディードラマ4作品のDVD化の一作に選ばれ、ポニーキャニオンよりDVD-BOXが発売された。オリジナルBGM以外は、ほぼ全部差し替えられてDVD化されている。また、劇中の部屋のテレビに映ってる映画も、ぼかし加工されている。

2013年10月1日にフジテレビ系列で放送した『抱きしめたい! Forever』の未公開シーンを含む拡大版が2013年10月11日に『抱きしめたい! Forever』LaLa TVバージョンとしてLaLa TVで放送された。

Wikipediaより

浅野ゆう子さんと浅野温子さん、1歳違いの年齢なのですね。

浅野ゆう子(左)と浅野温子

 女優の浅野ゆう子(57)が、昨年末に一般男性と結婚したことを発表したことを受け、フジテレビ系ドラマ「抱きしめたい!」で共演した女優の浅野温子(56)が11日、祝福のコメントを所属事務所を通して発表した。

 温子は「ご結婚おめでとうございます!とにかくとにかくおめでたいです。」と祝福した。

 2人は1988年にトレンディドラマの先駆けとして放送された「抱きしめたい!」に主演し、「W浅野」として人気を博した。

 ゆう子はこの日、マスコミ各社にファクスを送付し、同世代の一般男性と昨年末に結婚したことを発表。「お互いこの年齢で…とも思いましたが、この年齢だからこそ、互いの健康に気遣いつつ、寄り添いながら穏やかに、これからの人生を歩んでいこうと決めました」と明かした。

スポーツ報知より

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元彼の田宮五郎さんとは!?

田宮五郎さんは、父親の田宮二郎さんと同じくも膜下出血で2014年11月6日に、43歳という若さでこの世を去りました。
俳優デビューされたが39歳の若さでした。
田宮五郎さんは20年以上前に中尾彬さんの姪と結婚して、子供ももうけていたそうです。

「彼は’12 年4月にも、くも膜下出血を発症しており、これが2度目でした。4年ほど前から一緒に暮らしていた浅野ゆう子さんは、あまりに突然の別れに気落ちして、ろくに食事もできないほどだそうです」(スポーツ紙記者)

『白い巨塔』『タイムショック』などで知られた田宮二郎さんの次男で同じく俳優の田宮五郎さんが、 今月6日にくも膜下出血の再発のためにこの世を去った。
3年前に都内に2億円のマンションを購入した浅野。そこで、ふたりは同棲生活を送っていた。そんな五郎さんが俳優デビューしたのは39歳のとき。それまではさまざまな職業を転々としていた。

「田宮二郎さんの死後、妻で女優の藤由紀子さんは、長男でキャスターでもあった柴田光太郎くんを溺愛。彼は学習院初等科から大学まで進学し、卒業後は学習院の中等・高等科の英語教師になった。一方の次男である五郎くんは、それに反発するかのようにやんちゃをしていた」(芸能プロ関係者)

五郎さんは20年以上前に中尾彬の姪と結婚し、子どもをもうけている(中尾の所属事務所は、「ノーコメント」)。その結婚式で司会をしたレポーターで台東区議の阿部光利氏は、そのときの様子をこう振り返る。

「披露宴には中尾彬・志乃夫妻は出席されていたのですが、五郎さんのお母さんと光太郎さんの姿はなかった。母、兄弟と確執があることは聞いていましたが、五郎さんはとても寂しそうでしたよ」

その後も五郎さんは、母と兄との関係は微妙なままだったという。

「初めて五郎くんがくも膜下で倒れたときも、母と光太郎くんの協力はあまり得られなかった。それで、浅野さんはひとりで彼を支える決心をしたんです。でも、光太郎くんは“浅野さんが治療費を出してくれているから……”なんて変に遠慮をしていた。兄弟なんだから、もっと近づけばいいのに、どこかふたりには壁があった。すべて母である藤さんの偏愛が原因じゃないですかね」(前出・芸能プロ関係者)

藤にとって夫である田宮二郎さんはスターそのものだった。英語教師だった光太郎を無理やり芸能界に入れたのは、彼女だったという。

「藤さんは光太郎くんが田宮二郎さんのようにスターになってほしかったんでしょう。でも本人が芸能界に向いてなかった。だから、今は都内の高校で英語教師をしているんですよ」(テレビ局関係者)

浅野の友人である小林幸子によれば、彼女は五郎さんとの結婚を決心していたという――。

週刊女性Primeより

俳優を志すなら人間を知ってからと、60種類以上の職業を経験していたそうです。
すごいです。
中尾彬の姪とは28歳のときに結婚して8年後に離婚したそうです。
俳優デビューが39歳なので、デビュー前に離婚されたのですね。
これほど職業転々とすれば、収入も安定せず、家庭を省みる時間もなかったのかもしれません。

幼少時から俳優を志していたが、「俳優になるなら人間を知ってから」との父・二郎の遺言を守り、大学在学中から日本語教師や住み込みの新聞配達、料理人、大工、造園業、司法書士事務、記者など60種類以上に及ぶ職業を経験。

28歳の時に中尾彬の姪と結婚したものの約8年後に離婚。元妻との間に1女をもうけている。

Wikipediaより

最後は交際中の浅野ゆう子さんの自宅で、くも膜下出血で倒れて、都内の病院で入院し、浅野ゆう子さんに看取られて死去されました。

まとめ

浅野ゆう子さんの元彼の田宮五郎さんは、壮絶な人生を駆け巡り、47歳の若さで亡くなられました。
60種類以上の職業を経験し、39歳で俳優デビュー。おそらく俳優になられた頃に浅野ゆう子さんと出会われたのだと思います。
ますます油ののった役者になる矢先にお亡くなりになり、残念でなりません。
ご冥福をお祈りします。

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