貫田宗男(天国じじい)の経歴まとめ!結婚や高校大学を調査

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みなさん、こんばんは!
本日はイッテQ登山部でもおなじみの天国じじいこと貫田宗男さんについて調べてみたいと思います。
貫田宗男さんは年末年始に、イッテQ登山部で南極大陸最高峰のヴィンソン・マシフにイモトアヤコさんと一緒に登頂し、無事帰国されました。
本日は貫田宗男さんの経歴などについて、調べてみたいと思います。

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貫田宗男の経歴は?

なまえ:貫田宗男 (ぬきた むねお)

生年月日:1951年3月21日 66歳

出身:山口県熊毛郡生まれ、世田谷区松原育ち

中学高校:佼成学園中学校・高等学校(こうせいがくえん)

大学:中央大学

趣味:登山

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中学高校時代に登山部に入部して、登山を始めるきっかけになったそうです。
中央大学入学と同時に日本エキスパートクライマーズクラブ(JECC)へ入会して、21歳でヨーロッパアルプス、23歳で渡米してダウラギリV峰登頂したそうです!
日本エキスパートクライマーズクラブは現役会員25名、毎月第2水曜日に高田馬場で集会を行っているそうです。
集会場所は喫茶室ルノアール高田馬場1丁目店です。
ここに行けば、天国じじいこと貫田宗男さんにお会いすることができるかもしれませんね!!
現役会員ならですが・・・

中央大学卒業後はアメリカ・カナダで登山ガイドに従事したそうです。
1982年にアルパインツアーサービスに入社、1994年に退社して、同僚とウェック・トレックを創業して、世界の山々を目指す登山隊や撮影隊のコーディネータを務められているそうです!

貫田宗男という人は?

1991年、エレベスト登頂時に、同行者の二上純一さんを下山中に転落死で亡くしています。
また1996年のエレベスト大量遭難事故には遭難者家族を引率してカトマンズ入しています。
2007年には竹内洋岳さんが雪崩に巻き込まれて大怪我をしたのですが、日本までの搬送に、現地業者からは3000万円という見積もりに対して、600万円でやり遂げたそうです。
さすが、ウェックトレックの創業者で顧問ですね!!

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現在はイモトアヤコさんのディズニーランドのビッグサンダーマウンテンに一緒に登るお茶目な方ですよ笑

なぜ天国じじいと呼ばれるの?

貫田宗男さん、マナスル登山の時に、イモトアヤコは隣のテントで凍えていた所、テントのかなでは天国だよと話していることがきっかけで、イモトアヤコさんから「天国だといっているジジイがいる」ということで、天国じじいのあだ名がついたのですね!
(テントの中は)天国(と言っている)じじいということで、天国じじいですね!!

2013年10月、「世界の果てまでイッテQ!」マナスル登山企画において、5,700m地点の第一キャンプ地で-5度の気温に震えるスタッフが、テントから顔を出した貫田宗男に話しかけたところ、「(テントの中は)天国だよ天国」と笑顔で発言した。
隣のテントの中では、イモトアヤコが寒さに耐えながら寝袋にくるまっていた。
スタッフが声を掛けたとき、貫田宗男とスタッフの会話を聞いていたイモトアヤコが泣き笑いしながら「(テントの中もすごく寒いのに)横で…天国だといっている…ジジイがいて…」と悪態をついたところから、『天国じじい』というニックネームが付けられた。

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まとめ

本日はイッテQ登山部で大活躍の貫田宗男さんこと天国じじいについて調べてみました!
そうそう、忘れていましたが、貫田宗男さん、ご結婚されて奥様がいらっしゃるようです。
詳細については、詳しく載っていませんでした。
貫田宗男さんは高校時代から登山部に入部して、中央大学に入ってから、本格的に世界の山に挑戦されています。
その後、登山ガイドに就職して、さらに登山隊をコーディネートする職業を務められ、テレビ局などに注目されて、現在はイッテQ登山部の重要なメンバーの1人になられています。
素晴らしい経歴ですね。
これからもイッテQ登山部が楽しみですね!いつかエレベストに挑戦する日も来るでしょう!

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